羊のことば

小さく小さく

人間

人間が<究極には無意味でない>地平が、人間個人には無く、誰も持ち得ることがない<人間の総体>にあるのかという疑問が解消されないでいる。

 

何者か秀でた者達のみが<人間の総体>的になし得た偉業に携わることができ、そうでない一般の消費者には、その層を支える経済に参画する権利と、そこから産み出された産物を観賞、享受する意味しかないとすれば、<人間の意味>とはなんだろうか?

 

特定の一部層のみが本質的に意味を為し得、それ以外の者達が全て代替可能の物でしかないのだとすれば、あまりに浅はかで救われない人間という存在だ。

 

だから、二つの主張を戦わせたい。

少数の能ある者のための<人間の総体>なのか、それとも一つ一つの淘汰され得る個体にも十全な意味が宿るのか。

 

そして、<人間の総体>と生というものがまさに生ききられる場所としての<個>が存在と意味にどう関わってくるのか。